熊野神社(くまの)
福山市瀬戸町山北(さぼく)
熊野神社(くまの) 福山市瀬戸町山北(さぼく)に鎮座する。

天文5年(1536)5月、紀州熊野権現を祀り創始されたとある。
熊野権現とは、熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の三社を熊野三山と称し、それぞれの神社が祀る神の総称をいう。
ここ瀬戸町に鎮座する熊野神社の祭神はイザナミだ。
熊野三山から勧請し創始された神社は日本全国に約3千社もある。
ここもその一つだ。
古事記には「故、其の神避りし伊邪那美神は出雲国と伯伎国との境、比婆の山に葬りき」どう読んでもこれは広島県比婆郡西城町、現在は庄原市西城町比婆山のことで、山頂には苔むした巨石が横たわり、これがイザナミの御陵だと伝わる。
一方、江戸時代の本居宣長は「古事記伝」の中で島根県安来市の比婆山だと説いている。
日本書紀には紀伊の熊野の有馬村(三重県熊野市有馬の花窟神社)に葬られたと記され、古事記と日本書紀では伝承が違っているが、いずれの地も熊野神社が鎮座し、イザナミを祀っている。
比婆山と麓に鎮座する熊野神社にも行ってみたいものだ。

社殿であるが、本殿は三間社流造で屋根は桟瓦葺き。
前面の庇の下にも床板が張ってあり吹き放ちの外陣形式だ。
三方に廻縁が付き、背面は脇障子で止まる。
妻部分も二重虹梁が確認でき、その上が見えないが意匠のすばらしい本殿といえるのではないか。
拝殿は五間社入母屋造で向拝は向唐破風だ。
拝殿の裏手には幣殿も備えているように見える。
享和2年(1802)5月5日に社殿を焼失。
翌年に再建されている。
屋根は桟瓦に葺き替わっているが、本体はこの時のものかも知れない。
石鳥居 イザナミは女性だが注連縄の先は上向きだ
拝殿
本殿

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