清瀧神社(せいりゅう)
神石高原町光末
清瀧神社(せいりゅう) 神石高原町光末に鎮座する。

祭神は素戔嗚尊、大物主命、保食神。祭神勧請等は定かではないが、天平年間(729−49)とする所伝もあるという。
本殿が凄い。
享保12年(1727)に藤原朝臣安氏富右衛門直忠の再建という棟札が残っている。
三間社入母屋造で正面に千鳥破風を飾り向拝は軒唐破風だ。
大棟は高く造られている。ここも正面一間通りは壁板が張られず吹き放ちの外陣となる。
内陣は円柱で外陣は角柱を使う。頭貫の上に台輪を回し柱上は二手先の出組を置き、詰組となる。
出組の尾垂木の先は、詰組も総て竜の丸彫が施される。
さらに内陣の欄間は浮き彫り、向拝の手挟は籠彫を用いる。
この巧みな彫刻は左甚五郎の高弟の作と伝わる。
随神門には「かどもり」と称される「豊磐窓神、櫛磐窓神」の2体の木像と狛犬が祀られている。
これらの彫刻は安土桃山時代の作と考えられている。
平成12年には広島大学三浦正幸教授の指導で本殿の補修が行われた。
三浦教授は「広島県の神社建築」の中で「広島県下でもっとも装飾性の高い華麗な本殿」と記されている。
光末地区のたった21戸の氏子で守り伝えている。
次の世代に残さなければならない本殿の一つと思う。
石鳥居
随神門
本殿

大きな地図で見る
地図