大可島城跡
現地看板より
大可島城跡
福山市史跡指定 昭和39年3月31日
1342(康永元)年四国伊予を拠点とする南朝方と備後一帯に勢力をもつ北朝足利方が燧灘で合戦となり大可島城にこもる南朝方は全滅しました。
その後、戦国時代村上水軍の一族が大可島城を拠点に、海上交通の要所である鞆の浦一帯の海上権をにぎっていました。
慶長年間(1600年頃)鞆城を築いた時、陸続きとなり、現在ある南林山釈迦院円福寺は、真言宗でこの年代に建てられました。
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